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日課である猫の餌やりももう五年ほど続いているだろうか。慣れた道筋、無心でサンダルを引きずって歩く。春の宵は花見帰りの浮ついた風に乗って来るという。華の金曜ともなれば、桜目当ての風流人で往来は行くも帰るも喧騒が絶えない。××はこの時期特有の生…

弟は感情の欠如した無表情で、鏡台の母親の赤い口紅を1本ずつ折っていく。彼女の新しい若い恋人のために買い揃えられた口紅が一本、また一本と無惨な姿に変わっていき、結局母親に見つかって叱られ、バッグの化粧ポーチの折り忘れた赤いルージュが彼女の唇に…

お題:【春】の季語である「花吹雪」を使った青春もののお話です 盛りを過ぎた桜は哀愁を誘う。すっかり色を落とし、艶やかさの面影もない。何となく感…

お題:【夏】の季語である「昼顔」を使った「遠い街へ逃避行する」お話です 海に行きたいと言われた。最後に家族と会わなくていいのか尋ねると、無言で…

お題:【夏】の季語である「夾竹桃」を使った「酔って過ちを犯す」お話です 義理の兄と再会したのは、八月の残暑厳しい熱帯夜だった。後を追うように東…

お題:【春】の季語である「土筆」を使った「復讐がテーマの」お話です 地下茎のように、着々と憎しみを張り巡らせて生きてきました。そう告げると、先…

お題:【夏】の季語である「五月雨」を使った「相手の秘密を知る」お話です 窓に当たって跳ねる雨粒が、子気味よい音を奏でる。××が冷たい硝子に掌を…

雨が降る日、街は灰色に沈む。目にうるさい歓楽街でさえ、色を吸い取られて何処かよそよそしい。ひと月ぶりに訪れた歌舞伎町は、知らぬ場所のような顔をして余所者を迎え入れた。××は隣を歩く男に気取られぬよう、行き交う人の群れに目を走らせる。濃紫の傘…

冷えた雑踏の中、女は体を縮こませた。濡れた髪の先で膨れた水滴が、重力に負けて地面へと消えていく。赤い靴先と白い靴下が泥にまみれていた。女は俯き限られた視界を睨めつけている。そうでもしないと、湧き上がる震えを誤魔化せそうになかった。 …

タイヤの形に汚れた雪がやけに惨めらしく映ったからか、それとも子供が作ったらしい溶けかけの雪だるまが感傷を誘ったからか。ぶり返すような寒波に吐く息が白すぎたからとか、こんな日は橋の下のおでん屋で熱燗片手に大根でもつまみたいと思いを馳せたからと…

お題:【冬】の季語である「枯れ木」を使った「お互いさえいればいい」お話です 車窓を流れる景色を眺めていた。曇天はぼんやりと照り返しを閉じ込めて…

お題:【夏】の季語である「残暑」を使った「分かり合えない価値観を知る」お話です 晩夏の死に遅れの蝉が途切れがちに鳴いていた。空は抜けるように青…

御伽噺で大人になったふたりが結ばれるのは結果論でしかない。 あの時僕は強くなって正々堂々迎えに行くという考えしかなかった。結果的にそれは間違った選択だった。僕らはお互い離れ離れになる運命を享受してはいけなかった…

身の丈に合わない店に入る。躊躇なく扉を押し開けたところへ、兄が胡乱げな目を寄越す。金の宛はあるのかという事らしかった。が、気付かないふりを決め込むと彼はすんなりと従う。人の金で美味いものが食えるならわざわざ気難しい猫を逆なでする必要もないの…

君はもう、 呼吸を止め、ぬくもりを失い 喜びも哀しみも怒りも怯えも忘れ 醜いもの、美しいものにも瞳を塞ぎ …

血というものは不思議なものだね、なぜ神はこんなものを人に与えたと思う。 聞いておきながらまるで答えに興味がないような声色で言う。 血は、 …

あなたは既に僕の経歴を全てお調べになったでしょうし、この際だから腹を割って話しますよ。 僕はね、この21年生きてきて、それなりにどうしようもない事もしましたし、いい事も悪いことも何となく、それこそ文字通り泥水…