Untitled

夏の死に遅れの蝉が途切れがちに鳴いていた。空は抜けるように青く、遠くに積乱雲が望めて、残暑に引かない汗が後から後から額を滑り落ちていく。喉が渇いていた。先ほど、ストレートのアイスティーを殆ど飲まずに出てきてしまったことに思い至り、舌を打ちたい気分だった。氷の沢山入ったガラスのグラスに入ったそれは、汗をかいて見るからに涼しげだった。アスファルトを踏みしめる足が照り返しで下から焼かれるようだ。時刻は十四時頃、一番日が高い時分かもしれなかった。どこからか子供の笑い声が聴こえてくる。人気の途絶えた住宅街に、それはよく響いた。

先ほどから無言で歩いていた。いや、店を出たときからずっと互いに口にする言葉を失っていた。けれど、意識は常に互いの上にあった。べったりとこびり付いたように離れないのは、店で投げかけられた言葉だった。グラスを持つ指はほっそりと爪先まで磨かれ、左手には細い銀色の輝きがあった。ベージュの服に身を包んだ女はよく笑い、愛想良く相槌を打っていたが、彼が発した言葉を聞いた途端、血の気の失せた顔で能面のような表情をした。

「お母さんのせいなの? だから女が駄目になったの?」

問いは問いの形をせず、鋭い一撃となって二人を貫いた。昨日、この女に会いに行く話をしながら、二人の関係を認めてもらえるかもと夢を語った記憶が、引き裂かれて粉々になった。

なんと言って店を出てきたか分からなかった。目を見開くだけだった彼の代わりに、強い語気で何かを言ったことは覚えている。店を飛び出して駅に向かうまで、彼の手を引いていた。

消去法のように互いを選んだのではなかった。一番近くにいたから、気づけば欠けてはいけない存在になっていたのだった。あの女には、それが分かっていなかった。他人に理解される関係ではないということをどこか忘れかけていた。彼があまりに嬉しげだから、彼女なら、という期待を抱いていたのだった。

無言で隣りを歩く彼をチラと見やった。無表情で俯きがちに歩く彼にどんな言葉を掛けるべきか、逡巡した。分かり合えない価値観を知った喪失感が、二人の上へ重く垂れ込めていた。

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