Untitled

に当たって跳ねる雨粒が、子気味よい音を奏でる。××が冷たい硝子に掌を這わせると、手形に沿って白く曇っていく。

今朝の天気予報通り、曇天からは気まぐれな五月雨が降ったり止んだりしていた。

◆   ◆   ◆

休日の夕方に加え、恵まれない空模様も関係しているのだろう。訪れたファミレスはほぼ満席だった。ウェイトレスが窓際の席を案内して去っていく。座りしな、早く本題に入れとばかり、○○の鋭利な視線がこちらを射抜いた。出会った頃はその鋭さにたじろいだりもしたけれど、悪気はないと知った今は慣れたものだ。

「話って何だよ」

「そう焦んなよ。喉も乾いたろ」

何か頼んでからにしようと促すと、渋々といった体でメニューを広げる。昨晩、××が思わせぶりなメッセージを送ったせいだろう。何か心当たりでもあるのか、いつもより落ち着きがない。

先日、とある頼まれ事をされた。初めは断ろうとしたが、はたと思い留まり、結局引き受けることにした。そして今、任務遂行のため○○を呼び出すことには成功したが、さて、どう切り出すか。まどろっこしい話は嫌いだ。それは恐らく彼もだろう。

××が意を決して顔を上げると、こちらをずっと見ていたらしい黒い瞳とぶつかった。真っ直ぐ見透かすような、意思の強い眼差し。一秒、二秒……と目を逸らすタイミングを失っていると、珍しく○○の方が先に動揺をあらわにした。考えるより前に言葉が突いて出る。

「なあ、お前って△△のこと好きなの?」

その瞬間の彼といったら見ものだった。ぶわっと音がしそうなほど一気に血が通い、顔どころか首筋まで可哀想なくらい赤くなっている。思わず、へぇと声を漏らす。身構えずつついた藪から大蛇を出してしまった。

真っ赤になった○○が、見んな!と言ってお絞りを投げてくる。××は軽く躱しながら、面倒なことになったな、とぼんやり思った。

ようやく顔色の戻った○○が言うには、気づいたら△△のことを目で追うようになっていたそうだ。初めは感じのいい子だな、というありきたりな印象だったのが、共に過ごす時間が増えるほど気持ちに色が乗っていった。恥ずかしげに言葉に詰まりながら、そんな告白を洩らす。

一方、××は、耳を傾けつつ自分の気持ちが沈んでいくのを自覚していた。○○のすっかり俯いた頭が揺れる度、黒い髪が艶を見せる。伏せた瞼に覆われて、切れ味鋭い眼差しは鳴りをひそめている。テーブルに置かれた手が、神経質そうに何度も指を組み換える。××は、男を構成する要素一つ一つを冷めた目で観察する。そうでもしないと、平静を装える気がしなかった。

満足いくまで気持ちを吐露すると、まあそんな感じ、と○○は切り上げる。伏せていた顔をやっと上げた。黒曜の瞳がじっとリアクションを待つ。××は、はぁと溜息を落とした。

「何だよ、そういうのは言えよ」

「そのうち言うつもりだったんだよ」

××が拗ねてみせると、○○は不本意そうにする。そして、俺ちょっとトイレ、と席を立った。

◆   ◆   ◆

残された××は、ここにはいない△△の顔を思い浮かべる。

水曜日、二限の空きコマで△△にあるお願い・・・をされた。この時間、○○は授業があるので別行動だ。いつものように大学のカフェテリアで課題と格闘していると、△△が迷いがちに、あのさ、と口を開く。相談に乗ってほしいと言うので頷くと、自分は○○が好きなのだと明かした。その上で、○○の気持ちをそれとなく探ってくれないかと頼まれた。

「男同士の方が遠慮なく本音を言えると思って」

裏でこそこそするのは筋が通っていないのは分かっているけれど、と苦しげに眉根を寄せる。強ばった肩がひどく華奢に見えた。

××が頼まれ事を了承したのは、△△のいじらしい態度に心動かされたからではない。もっと個人的な打算が働いたからだ。“男同士”という言葉が脳裏を巡った。ある意味大義名分を得た今なら、堂々探りを入れてよいわけだ。こちらも疚しい思惑があったので、渡りに船とばかり、持ち掛けられた相談に乗った。

まさか、話の糸口のつもりだった一発目からアタリを引いてしまうとは。いや、××にとってはハズレか。あーあ、と自嘲する。知りたくない秘密を知ってしまった。

これほど隠し事が下手な人ならば、公然の秘密になるのも時間の問題だろう。周りから揶揄われ真っ赤になりながら、愛しいあの子の反応が気になって、ちらと目を呉れるのだろうか。そして、一瞬絡んだ視線にまた照れて、パッと顔を背けるのだ。一部始終をありありと想像でき、思い浮かべた光景にさらに傷ついた。

どうして気づかなかったのだろう。どうして、要らぬ好奇心など起こしてしまったのだろう。

五月雨はまだ止む気配を見せない。硝子に叩きつけられた雨粒が軽やかに跳ねている。やがて重力に負けてゆっくり下っていく様を、見るとはなしに眺める。ふと、冷たい窓硝子に掌を這わせると、手形に沿って白く曇っていく。

曇天と止まない雨がまるで失恋した己の心のようだ。そんな、どこかの誰かが歌にしていそうな文言が浮かび、××は皮肉げに口を歪めた。○○が戻って来たら。優しい友人の顔をして「応援している」と言ってやろう。××の葛藤など、きっと彼は欠片も気づかない。

だからどうか、束の間この時だけは感傷に浸るのを許してくれないか。苦悩も憂いも寂寥感も、五月雨が全て洗い流してくれればいいのに。そんなどうしようもない事ばかり、祈るように思っていた。

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