Example text

お題を使った文章の例です。内容は何でもありです。

こちらに限り一文単位の抜き出し可配布元明記必須です。

01

校舎に位置する国語準備室が令和にして切れ掛けの蛍光灯のまたたきを許しているのは、この城の主が古きを愛する少し変わった性質をしているからだ。蛍光灯の光は冷たいけれど隙がある。黄熱灯のような柔らかさはないが、まばらな親しみがあった。けれど、それももうLEDの普及によって殆どが死滅してしまった。

黄昏の残光はブラインドの隙間に切り取られた光の刺繍をリノリウムの床に施していた。換気扇のカタカタと不規則な羽音や古いエアコンの低い唸り、そこに交じるページを捲るまばらな音、愛煙をのむ微かな呼吸音。この部屋に充ちている光や音、色はどれもが蛍光灯の明滅が引き起こす光のような恰好をしている。静寂しじまとはほど遠いけれどどこか静謐さを秘めた気配。

02

少の頃に五感に刻まれた記憶は、鮮烈な体験となって折に触れて思い出されるのではないか。

ギリシア神話には、ペルセポネが冥界で石榴を口にしてしまい、一年のうちいく月かをハデスの元で過ごさなくてはならなくなったという話がある。幼少期、この神話を学んだ後、先生は「これがその柘榴だよ」と柘榴を差し出した。先生の手のひらに零れた紅い果実はその割れ目から艷めく小さな粒を覗かせており、子供らはめいめい手を伸ばして木の実を口に含んだ。

その思い出があまりに強烈に記憶に焼き付いていて、今から思えば、あれは正しい教育の形だったのだと思う。

03

間たちが飼っている動物を擬人化した世界。ペットには耳や尻尾、ひげがついていて、さながら仮装したかのよう。ペットたちは巨大な部屋の中に作られた人工の町に住んでいる。全てが計算されたサグラダ・ファミリアのよう。町の中心には鯨の骨格標本のような不思議な建物がある。背骨を両側から支えるアーチが等間隔に並び、大聖堂のような造りをしている。飼い主たちは自らの富や権力を示すためにペットを育てていて、より優れたパートナーを見つけさせることを目的としている。ペットたちをけしかけ、恋愛させようと躍起になっている。

04

前意外と口悪いのなと呆れたように笑われるのが好きだった。酒でぬるまった舌でだいぶゆっくり交わしていた会話の切れ目に、ふと思いついたように一言こぼすのだ。ちらりと一瞥呉れる視線がやけに柔らかく鼻先を掠める一瞬、そっと背筋を正したくなるように妙な、しかし嫌いではない瞬間が訪れる。忘れたように酒が入る度に繰り返される思いつきに胸を掴まれている。

05

たわったまま緩慢な仕草で右手を持ち上げた彼は路傍の犬でも追い払うかのように、二、三度払ってみせた。その背へ行ってきます、と呟いて逃げるように家を出た。

どこからか漂う梔子の香りはちょうど腐る寸前まで熟れた果実のような匂いがする。仄暗い酸味をほんの少し含ませた、毒へ変わる寸前のあの香り。どれほどうるわしいものもいずれは腐っていくと思えば、僕らのこの関係が怠惰と諦念に紛れ、かろうじて繋ぎとめられているのも納得か。

五年半続いた関係に終止符を打つきっかけを失っている。なんでもない日の

「この俳優復帰したんだ?」

「へえ、本当だ」

なんてテレビを見ながら惰性で交わす会話の水面下では、

「ねえ、いつまで?」

「まだ駄目なのか?」

と言えない言葉たちがひっそりと葬られている。そういう、細い糸一本で繋がっているだけの累卵の日々。

06

さい頃、助手席が大好きだった。運転席との間にあるボックスには父親の好きなMDカセットが沢山詰まっていたけれど、ミュージカルに夢中になっていた私はレ・ミゼラブルやキャッツをひたすら流した。

ボックスの上には父親のティアドロップ型のサングラスに並んで、安っぽいピンクのサングラスが常備してあった。あれは中野で買ったんだろうか。習い事の帰りにだったか、商店街のアクセサリーショップで母親に買ってもらったような覚えがある。ピンクのフレーム、レンズ。白いスパンコールが埋め込んであった玩具のような代物。

父親のは金のフレームに紫っぽい青のレンズだったか。それがどうにも恰好良く見えて私は掛けたがった。父親は自分のを持っているだろ、と諭した。今でもティアドロップ型のサングラスを見るとふふっと笑いたくなる。あれは私たち親子の大切な思い出だったのだなあ。

07

吸機、つけるの。

気付いた時には口から言葉が漏れていた。聞かせるつもりもなかった独り言に、直ぐに反応したのは母だった。やつれた表情の中で、ギラギラと鋭い眼が此方をキッと睨む。

「それしかないでしょ!? 他に方法ないの!!」

手負いの獣が牙を剥くような激しさに気圧されて、俺は何も言えなかった。そして咄嗟に頷くこともできなかった。

母が本当に父を愛しているのなら、彼女の手は痩せ細った父親の指を握るために在るべきではない。腕に刺さった痛々しい点滴を引き抜き、口を覆う忌々しい呼吸機を引きちぎるために在るのだ。彼を愛しているのなら、その手で何もかも終わらせてやるべきだ。母の震える指でも、機械に生かされた脆弱な命は直ぐに手折ることができただろう。俺にはそう思えてならなかった。

同時に、そう思う自分が異常であることも分かっていた。

08

底から浮遊するような唐突さで意識が覚醒する。妙にすっきりとした目覚めだと、寝起きの頭が冷静な分析をする。対して何故か身体は重い。取り除けないだるさが横たわっているのだけどこれ以上眠ることは不可能で、仰向けに寝転がって天井を眺める。

「……ん??」

勢い良く飛び起きると身体の下でスプリングが鈍く鳴った。白いシーツ、濃紺の掛け布団、水色のパジャマ、白い壁紙に茶色いカーテン。シングルベッドに一人取り残されている。見慣れない景色に慌てて××はぐるっと周囲を見回した。部屋の隅に積まれた雑誌やサイドテーブルの空のペットボトルが、ここで普通に生活している者がいる事を告げている。全く身に覚えない場所で一人きりの現状に背筋に冷たいものが這い上がってくる。

よし落ち着け、思い出せ。昨日一日俺は何をしていた?

赤い目覚まし時計は昼近くを指している。

09

タルの番いを一組、虫かごに入れて暗い所に置いておく。すると2つの身体は光で相手を誘うがごとく、同じ明滅を繰り返すのだった。まるで彼らにしか分からない会話を交わすかのように。

αとΩが互いの匂いを辿って番うのは、それに少し似ていると僕は思う。しかし本能に突き動かされれば獣のように貪り合う僕らは、昆虫にも劣るかもしれない。気持ちが伴わないのに、惑わせるためだけに発せられるフェロモンは、決して蛍の光のように美しいモノじゃない。

10

が最後に見た景色は……風を切る逆さの世界、雨に濡れたアスファルトのくすんだ色なんだろう。流れる景色に君は、二人で飛ばした紙飛行機を思い描いたりしたんだろうか。


高い夏の空に飛行機雲だけが一本、真直ぐに伸びていて、消え掛かった線を辿るように飛ばした紙飛行機が白く宙を切った。君の飛ばした小さな反抗分子は綺麗に軌跡を描いて16時の校庭を横切った。高台の学校という隔離された世界の、屋上に君臨するのは僕ら。校庭の向こうに広がる住宅街を尻目に空に消えて行くテスト用紙に手を振った。


休みが明けて教室の窓辺の席にはもう君の姿はなかった。────君が死んだ。青色を切り裂いた白い紙はベクトルを90°変えて、君の身体は13階のベランダから宙を切った。


僕に何にも教えてくれない君は死んで、

あの日から時間の止まった僕も死んで。

僕を親友だと言ってくれた君は死んで、

失って初めて好きを知った僕も死んで。


あの空に飛ばした僕らの反抗分子は白い切先で夏の青を切り裂いて、きっと君はその割れ目に落ちていったんだろう。だから、僕の飛ばす紙飛行機が君のより遠くに空を切ったら僕はその割れ目の向こう側に行ける気がする。そんな錯覚を覚えながら青色を裂くナイフを放った。

11

の世に溢れた音と色と温度は、様々に飛び交うベクトルは、結局同じところに行き着くのでしょうか。


君は僕の真っ白い遺書が折り畳まれていくのをキラキラとした瞳で見守ってたっけ。それがどんな想いを乗せて飛ぶかなんて知らずに、次に君と僕が会うのはニュースに飛び交う無名の「少年」なのにね。本当、純粋で美しくて、真っ直ぐで羨ましい。

青い空を切り裂いて進む白い紙飛行機を見上げた時、僕は柄にもなく泣きそうなったよ。ここに君の魂が舞っている。このまま誰にも手折られず、真っ直ぐ何処までも何処までも、何処までも───。


この世界は重ならないベクトルで出来てるなんて言ったら、君は驚くか? 偶然と必然と、それは自然の摂理だけには限らなくて、人生というベクトル、刻々と進む直線は、空間で互いの角度と向きを変えながら生きていく。

まるで交わったかのような二つの線を見上げる僕の眼裏まなうらに焼き付いて離れない残像を、どうか君も忘れませんように。

12

合終わりの一礼をすると、彼はこめかみまで垂れた雫をきちんと仕舞われていた腹部のシャツで拭った。その際に窺えた身体つきの美しさに、コートの周囲の女生徒が数人、くすくすと笑いながら耳打ちを始める。内の1人が冷えた飲み物を渡し終え、彼にねぎらいの言葉を掛けられて俯いた。体育館の片隅がまた密かに色めき立つ。彼の素敵な所はきっと、皆に伝わっている。俺だけのものではあり得ない。

13

いに訪れた安らかな時間に、俺の胸は甘く締め付けられた。不思議なことに、先程まで頭を痛ませていた愛憎の入り交じった熱は引いて行き、代わりに訪れたのは目の前の人がどうしようもなく愛おしいという想いだった。

「××」

それは子供のような声音となって、俺の口をついて出た。幼い頃、抱いた恋心を親愛の情だと信じて疑わなかった頃へと、戻ったような錯覚を抱く。

14

百、何千という黄色い命火が光の筋となって、まるで星空に届こうとするかの様に立ち昇る。遥かな頭上には天の川が横たわり、そこかしこの草むらで明滅する蛍たち。周囲をぐるっと光の粒で囲まれて、俺たちはさながら小さな宇宙の中に立っているようだった─────と言うのは少し大袈裟だが、その想像は案外しっくりきた。行き交う車や人混みの騒がしさ……そこには決してない脆い脆い空間。文明の証から切り離された場所では、川のせせらぎと風の音、耳を澄ませば2人の呼吸でさえ聴こえそうだった。

15

れ上がった水滴が重力に負ける様を見ていた。割れた前髪の隙間に触れる窓ガラスは、とっくに生温くなっている。雨粒に映りこんだランプのせいで、ガラス越しを赤い水が伝っていくようだ。重苦しく横たわる時間を皮肉って、進まない車の列は苛立ちを乗算させる。俺たちの間には幾重もの見えない壁があって、その表面を撫でるような身のない会話はすぐ話題に尽きる。そうして訪れた沈黙をやり過ごすため、面白くもない窓景を睨めつけているというわけだった。

16

腔を掠める潮の匂いにこんなものだっただろうかと記憶を擦り合わせる。これに似たものを幾つか知っているが思い出せないような、雑多で生々しい匂いだ。

「おーーーい!」

真っ青な空と、色の飛んで見える白い砂浜。その歪みない隙間で、男が1人、白く泡立つ波を背景に両手をバタバタと振ってみせた。照り返しの眩しい視界に、それはまるで映画のワンシーンのように鮮やかだ。××が追いつくと、律儀にこちらを向いて待っていた兄はまなじりを柔く弛める。潮騒に向き直った両腕を、抱擁を受け止めるかのように広げた。

「どうだ!春の海もなかなか風情があるだろう?」

何故だか誇らしげにしている。演劇めいた仕草は更に磨きがかけられて、ひとり舞台のつもりなんだろうか。別段返事を求められているわけでもなさそうなので、青色の境界に目を凝らす。春の海。2月中旬の風は容赦なく瞳の水気を奪っていく。

17

年もとうとう金木犀が満開になったという。怠惰な日常には風情もなければ、忙殺されるような出来事も無い。本来なら、まるで栞のない本のように黒々しい日々を連ねていただろうに、茫洋とした時間は何の感慨もなく頭上を通り過ぎていくばかりである。しかし幸か不幸か、××は鼻がよかった。二月はしゃなりと気取った梅の花、五月は毒のように危うげな梔子。十月は、熟れた夏の甘みを閉じ込めた金木犀。一年ごと巡る嗅覚の記憶が、折に触れてマーカーを引いたように過去の出来事を呼び覚ます。そして、意思とは関係の無いところで、脳に刻み込まれた匂いは時として警鐘を鳴らすのだ。早くどこかへ行かなければ。早く早く、どこか、誰も自分を知らないところへ。金木犀の香りは、一抹の寂寥感と焦燥感を引き連れてくる。強迫観念にも似た何かが、とろりとろりと脳を圧死させていく。早く逃げなくては……そう、○○のいないところへ。

18

を出るとき「今日は××の姓も長男も次男も捨て去ってまっさらな二人きり」とルールを課して、青春18きっぷ握りしめその日限りの逃避行が始まった。一日散々楽しんで帰り道、家が近づくほど虚しさ募る。ぼくら世間体とか後ろめたさとかで勝手に自滅して、まっさらなお互いだけに向き合えなかったなんて馬鹿みたい。どうして付き合っているうちにちゃんと出来なかったんだろう? 自問しても答えはないし、口に出さなければ進展は望めない。

知ってるか? ぼくら逃避行先でふらっと立ち寄った店やなんかで、「そっくりですね〜双子ですかぁ?」悪意ない言葉で簡単にぽっきり折れるんだ。だけど自分らで課したルールのせいでどちらも言及出来ない。次男はこの日のためにいそいそ母親の手伝いなんかしてお駄賃貰ったし、長男は靴を新調するのを見送ったのにね。

19

、一度だけ死体を見たことがある。

大家族ゆえ家計はいつも火の車で、夏休みに家族旅行など夢のまた夢だったが、どういう経緯か両親が突然「山に行こう」と言い出したのだ。×つ子を育てる弊害かどこかぶっ飛んだ親なので、どうせテレビを見て思い立ったなどと碌でもない理由だろう。そんなわけで父親の借りてきたワゴン車に最低限の荷物と一緒に詰め込まれ、小学生の夏休み、×つ子は初めての遠出を体験したのだった。

さて、当初の予定通り東北の山に入ったものの、テレビの編集された映像とは違い、頂上を目指すには長い道のりを自分らの足で登らねばならない。都会っ子の子どもらは初めはしゃいでいたのだが、まだまだ先が長いと気づくや口々に文句を垂れた。あの手この手で両親に宥めすかされえっちらおっちら足を運んでいたのだった。すると次男が「あっ!」と声を上げる。視線の先を追った子供たちは、山道の脇の渓谷に何やら“あってはならないもの”を見つけてしまうのだった。大きな岩の上へ倒れ伏した小さな人影を、好奇心を隠さない×対の瞳が見つめる。釣り人が渓流に足を捕られたか、観光客が何かの弾みで転落したか。不運な人間は息があるのか無いのかもよく分からず、うつ伏せに横たわっていた。今にも動き出しそうで、しかし普通ではない。生きている者とは決定的に何かが違っている。そんな不気味で興味深い光景が×人の心を捉えて離さなかった。その後、父親がどこかへ電話を掛け、母親に追い立てられるようにして先を急ぎながら、子供らは口々に己の興奮を語ったのだった。

「お前びびったか?」

「びびってねーし、あんなの生きている奴と同じだろ」

やがて言い合いが始まる。誰が一番この怪奇を楽しんでいるか、ヒートアップする兄弟をよそに一人だけ口を噤む子供がいる。彼は後ろ髪引かれるのか、時折、名残惜しげに振り返った。とっくに過ぎたにも関わらず、まだあの屍体が背後に見えるとでも言うように。

遠い遠い記憶が、頭の奥底から蘇る。なぜ今更こんなことをと問われれば、目の前の光景に誘発されたからに他ならない。あの夏の思い出は、眩い緑と渓流の水音、死に急ぐ蝉の求愛歌と共に、どこか憧憬を孕んだ透き通った色をしている。それが実際の印象なのか、過去を懐かしむ願望なのかは不明だが、現在突き当たっている問題とは全く対照的なのは確かだった。

20

めぬ酒に飲まれて橋から落ちたとか、水面に映る己が顔に見惚れて足を滑らせたとか。噂は尾ひれをつけて人の口を好きに泳ぐ。殺しても生き返りそうな成りして、呆気なく死んだ馬鹿な奴。どうして許してやれようか? 秋も暮れ、心の臓が凍るような冷や水から揚げられて、青白い頬に粉を叩き、紫の唇に紅を引き、あれよあれよと棺に収められた想い人を前に、私は怒りで震えていた。まるで魂の抜け殻を体現するように、されるがまま組んだ手指や弛んだ口元が瞳に焦げ付いて、いつまでも忘れられない。