Untitled

に行きたいと言われた。最後に家族と会わなくていいのか尋ねると、無言で首を振る。こちらも特に問題なかったので了承したが、ふと疑問に思い、なぜ海なのか聞いてみた。「何となく」という曖昧な答えが返ってきて、まあそんなものかと勝手に納得する。俺たちに、特別な幕引きなど必要ない。


海開きを迎えていない海岸は無人だった。普段はそこに居るだろう人々も、今は、速報で忙しないテレビの前で、大切な誰かと身を寄せ合っているのだろうか。ここまで運転して来た時も、出歩く人も車もとんと見掛けなかった。羽を伸ばせるという意味では、人の目が無いことはありがたい。六月の移り気な天気だけが気掛かりだったが、晴れ渡る青空を見る限り心配しなくて良さそうだ。

砂浜へと石段を降りて行く背を見やる。半袖の白シャツが、健康的な陽射しを吸い込んで目に焼き付くようだ。唐突に振り向いた彼が、眩しげに目を細める。

「何ボサっとしてんだよ」

「別に……今行く」

靴を脱いで砂浜に降り立つと、熱い砂が足の裏を焼く。波打ち際を歩けば、熱っぽい体が爪先から癒えていくようだった。柔らかい砂が指の間を通る感覚が気持ち良く、足で適当な模様を描いていると、突然、バシャッ!という音と共に水が顔まで飛んできた。振り返って睨むと、彼がへらりと笑う。

「お前!着替えないんだぞ」

「いいじゃん別に。困ることないでしょ」

「……それもそうか」

そんなやり取りを経て、二人して暴れ回る。息を切らして疲れ果てた頃には、海水を吸った服がずしりと重くなっていた。

時間だけはあるので、服を絞り、日向で乾かすことにした。砂浜に並んで座り、ぽつりぽつりと話をする。最近見た面白い映画、物足りない学食の日替わり定食、単位の危うい授業、バイト先の面白い先輩、反りの合わない家族。未来については一切触れず、過去を懐かしむように語る。熱気を孕む風が、濃厚な潮の匂いを鼻腔に運んでくる。高い陽射しに焼かれ、首筋を汗が伝うのを感じる。

ふいに、二人の間に沈黙が落ちる。言葉にはせずとも、同じ事を考えているのだろうとぼんやり思う。いくらテレビが叫べども、こんな穏やかな昼下がり、その平穏が崩れるなど如何して思えよう。

そっと隣に目をやると、彼はうつむき加減に手遊びしている。罪のない生命を毟りとる暴虐を、思考の片手間に許していた。彼の指先が丸い葉をぷつりと摘み、瞬間興味を失くしたようにぱっと離す。その手が今度は小ぶりな花へと掛かるのを、黙ってまま見る。朝顔のような形をしたピンク色の花。生命を手折られる瞬間を見守っていると、意外なことに花びらを撫でただけで指は離れた。葉は許せても花を毟ることに抵抗があるのだろうか。ぼうと眺めていると、ふいに頭を過ぎる記憶がある。ああ、そういえば、あの花は昼顔と言うのだったか。名を得たせいか、束の間の命拾いをした小さい生命を、より愛おしく思うようだった。

ああ、ああ、沈黙が重い。

今日、世界は終末を迎える。

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