横たわったまま緩慢な仕草で右手を持ち上げた彼は路傍の犬でも追い払うかのように、二、三度払ってみせた。その背へ行ってきます、と呟いて逃げるように家を出た。
どこからか漂う梔子の香りはちょうど腐る寸前まで熟れた果実のような匂いがする。仄暗い酸味をほんの少し含ませた、毒へ変わる寸前のあの香り。どれほど美わしいものもいずれは腐っていくと思えば、僕らのこの関係が怠惰と諦念に紛れ、かろうじて繋ぎとめられているのも納得か。
五年半続いた関係に終止符を打つきっかけを失っている。なんでもない日の
「この俳優復帰したんだ?」
「へえ、本当だ」
なんてテレビを見ながら惰性で交わす会話の水面下では、
「ねえ、いつまで?」
「まだ駄目なのか?」
と言えない言葉たちがひっそりと葬られている。そういう、細い糸一本で繋がっているだけの累卵の日々。