冷たい石の監獄のような焼却炉に棺が運び込まれていき、わたしは乾いた眼をゆっくりと瞬き、いかにも沈痛に瞳を潤ませる参列者の中のごくひとりであるかのように、礼服から取り出した白いハンカチをまなじりに押し当てた。
あなたのいない夜が明ける
とめどない無彩色の軌道にあなたはいる
死の放つ燐光はそれはそれは美しいという
誰も知らない系譜
未熟なまま腐り落ちた私の恋心
きっとわたし、蠍のように百ぺん身を焼けはしないな
あなたのいない夜が明ける
このまま液体になりたいなどと纏まらない思考を手繰り寄せ、黎明のまどろみの中に横たわったままの私の頭のすぐ横を、あなたが昨日の朝、とうとう欠けてしまったと嘆いていた不完全な爪の足が引きずるような足運びでゆっくりと去っていった。
四隅から欠けていくスマホの保護シートみたいなあなたの不完全さが憎かった
ルームNo.508
稚拙な私たちの「さよなら」
甘美なる死の囁き
私のことをきっと赦さないでね
飼いならしたはずの孤独が牙を剥く
あなたの声が思い出せなくなって幾年が経ったが、何より恐ろしいのは等身大の姿が年々失われ、美化された偽物がまるで当然かのような顔をして私の中で真実に昇華されていくことだ。あと数年もすればまるきり代替品が取って代わってしまうのだろう。そうなったときに何の感慨も抱かなかったら、自分がひどく薄情な人間だと言われたようでそれが恐ろしい。