情動的カスケード

の人の横顔はいつでも正しく前を向いていて、俺は時折、その真っ直ぐ通った鼻筋の形を辿ってみたくなる。しかし、こんな疚しい心を彼に抱きつつ、言葉を交わした事は数える程しかないのだ。

夏の日差しを受けた白いシャツが風を孕んで優しく形を変えた。隣に立てば長い睫毛の影が、その頬に落ちている様まで見ることができるだろう。木漏れ日が斑に彼の肌を染めていた。

てを赦され、守られ、与えられて、そうして生かされてきた俺は身の程知らずにも切願する。記憶の底の黒い瞳を、慈愛の声を、あなたに愛されて再び名を呼ばれる日を。

きっといつでも愛していた。一瞬でも忘れたことはなかった。お前の手を引き薄汚い路地裏を駆けた日を、寄り添い眠った凍てつく夜を、記憶が擦り切れるほどに思い返した。

Dusk and Dawn

記体の文字の上を所々インクの擦れたような跡が汚すのは、書き手が左利きだからだ。

主を喪った部屋は生前訪れた際と何も変わらず、古びた本と家具磨きの蜜蝋の匂いがした。

終わりのない序章に、
始まりのない終焉に。
情動的カスケード
慟哭の海に月は沈む

に吸い付く濡れた唇の厭らしさに、内腿の肉が期待するように震えた。

シャンデリアの粒が隙間風に微かに揺れ、象牙色のマントルピースに置かれた装飾品が、炎にキラキラ反射した。

ワインレッドの情欲がゆらゆらと燃え、石壁に2つの黒い影を映し出した。

細い黒髪の下から覗く蒼い眼は濁りなく若々しいのに、纏う空気の妖しさに男は何かに呑まれていく錯覚を覚えた。

紅い布から覗く白い肌と、男が落とす優しい口付けが何とも卑猥な折り合いを見せていた。

りに漂う濃厚なバラの香りが、身体に纏わり付く。香りを掻き分けるように歩きながら空を見上げれば、冷たく見降ろす月と目が合った。

宵、俺は二つのものを失う。甘さは残酷な刃を包み、虚しさはぬるい幻影を切り刻む。

曖昧な感傷に浸っていた××は 声を掛けられて初めて、相手が自分を見つめていたことに気付いた。

の暗がりにそっと秘密を置き去りにする様な。思わずという風に、××が口を開いた。

Glow of Fireflies

ーテンから差し込む光がその肢体を暴く様を他人事のように眺めながら。俺はまどろみからだんだんと覚めていく余韻に浸っていた。

その時の俺はまだ、人を愛する心というのを理解出来なかった。

情動的カスケード

カスケード【cascade・英】 英語で「階段状に連続する滝」「滝のように落ちる」の意味。そこから、連続したもの、数珠つなぎになったものを指す