未明に嘯くプレリュード

旧校舎の春めく窓辺ではけやきの梢にて

下手くそな囀りがくり返し聴こえてくる

国語準備室では切れかけの蛍光灯が瞬き

まばらな親しみを囁いている

文明の証によってほとんどが死滅してしまったのは

どこか見覚えのある冷たい隙

ブラインドの隙間に切り取られた光の刺繡を

リノリウムの床に施して

視線を少しずらせばあなたの足先が

何かのリズムを刻んでいる様を

きっと見つけられるはずだった

やわき春暁の円環をいただく

わたしの心はふわり風に舞い上がり

はらり はらり 散り染める花びらと一緒に

地面の染みになる

旧校舎の秋めく窓辺ではけやきの梢にて

黄昏の残光がかすかに震えていた

国語準備室ではうすらと漂う紫煙の香りが

秘密めいた溜め息を吐いていた

掲げられた禁煙によってほとんどが死滅してしまったのは

どこか和らぎを与える気配

換気扇のカタカタと不規則な羽音は

古いエアコンの低い唸りと雑ざり合い

愛煙をのむ微かな呼吸音の出どころでは

あなたの唇が乾いたフィルターを

そっと食んでいるはずだった

ほどける秋暁の七彩しちさいをいただく

わたしの心はひらり雨に垂れ落ちて

しゃなり しゃなり 散り果てる黄葉もみじと一緒に

地面の染みになる

雑じるページを捲るまばらな音

あの部屋に充ちている光や音、色はどれも

蛍光灯の明滅が引き起こす光のような恰好をしていた

静寂しじまとはほど遠いけれどどこか静謐さを秘めている

やわき春暁の円環をいただく

わたしの心はふわり風に舞い上がり

はらり はらり 散り染める花びらと一緒に

地面の染みになる

あなたはまだあの部屋で変わらず春を抱いているだろうか

未明に嘯くプレリュード

七彩:七種の色。転じて、美しい色どり